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すくすく通信

武道はあくまでも手段、目的は心体の育成

すくすく通信通巻7号掲載 2013年11月発刊

稽古の目的は基本的な心体育成

最近よく質問されることがあります。
道場での心体の成長に関する考え方に共感し子供を稽古させたいとは思うのですが、空手は危険なので入門を迷っているという内容です。
結論から申しますと、空手はしなくとも入門できますし、問題なく稽古に参加し成長できます。
稽古の目的は基本的な心体育成で、空手はそのための一つの手段でしかありません。
驚かれるかもしれませんが、道場では空手の稽古はほんの一部分にすぎません、初めから空手はしないということで入門している子もいます。
空手やその他武術、スポーツや文化的活動は趣味・趣向のものなので、その子の個性に応じて行えば良いと思います。

その個性を発揮するためにも人間として必要な基本を備えることが肝要であり、稽古のほとんどはこのことに時間を費やしています。
実際に叩いたり蹴ったりはその子の内容により行う必要はありません。
痛い思いをしなければ、精神力(根性や忍耐力)が向上しないわけではないからです。
武道と言えば格闘技をイメージされる方も多いと思いますが、内容は全く異なります。

何故、武道を手段とするか

では何故武術を手段とするかと言えば、あくまでも心体の基本的育成が稽古しやすいからに他なりません。以前も書きましたが、

○「心」が変われば「身体(姿勢)」が変わる
○「心身」が変われば「技(言葉・行動)」が変わる
○「技」が変われば「結果」が変わる
○すなわち「心」が変われば「結果」が変わる

すべては環境や相手の責任ではなく、自分自身の「心」のあり方次第という本物の主体性を身につけることが大切です。

武道では、その心のあり方が正しいかを体を通して検証することが可能になります。もちろん他の方法もあるとは思いますが、私の知りうるかぎりにおいては、武道は良き手段のひとつであると思います。

心体の基本的育成

心体の基本的育成とは人間として生涯にわたって必要な普遍的部分を育成することです。
心においては、愛情・信頼・尊敬心、善悪感、道義を貫ける強さ、物事を深く洞察できる感性など育成し、よき関係をつくれる力、すなわち将来の家庭形成力や社会順応力が大切となります。

体においては「身体操作術」を基本とします。「体操」とは武道においては読んで字のごとく「体を操る=身体操作術」として捉えます。

例えば同じ材料でも、料理人の技術次第で全くちがう料理になります。以前、料理の鉄人がコンビニの材料で、最高級食材を使う料理好きの一般人に勝ったことが記憶に残っています。
物の扱いには技術が必要とは知っていても、体の扱いに「技術=操作術」が必要と言うことに気づいている人が少ないように感じます。

例えば、いくら背筋を伸ばせと言っても姿勢は良くなりません。実は背筋を伸ばしてはいけません。
無理に伸ばせばかえって腰をいためてしまいます。姿勢を正すことは単純ではありません。
もちろん猫背から良きものは何も生まれません。
目の使い方、舌のポジションや鍛え方、胸の使い方や呼吸法、体幹や股関節、力の出し方、足裏の使い方まで、健康的でかつ効率の良い動作をするために学ぶべきことはたくさんあります。
「呼吸で整え、骨で立ち、筋肉で調整し、関節で移動する」
ことが基本(今後解説します)となります。
これらは目にみえる成績で評価できるものではありませんが、大切なものほど表面には表れにくいものです。
目にみえにくい子供の本質的な成長をこそ大切にしたいと考えています。