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家庭での教育

家庭は愛や慈しみを覚える場です。

社会は道理、家庭は愛や慈しみを覚える場です。

家庭で愛され許された分、子供が大人になって社会で道理を守ることがでるようになります。
家庭で厳しくしつけされた結果ではありません。
家庭でルールが要求された分、社会ではストレスから、かえって羽目を外す傾向になります。
大人でも、お父さんお母さんでも家庭での甘えが必要です。
ましてや子どもであればなおさら甘えの場が必要です。

甘やかしてはいけないが、甘えさせないといけないのです。

子どものわがままに押し切られるのは「甘やかしている」ですが、親の愛ゆえに主体性をもって「甘えさせてあげる」が本来です。

家庭は公私の私的部分で関係性をもつ場。

家庭は公私の私的部分で多くの関係性をもつ場です。
化粧した姿ではなく、すっぴんでつきあう場です。
立派であるよりも許し合うことが大切なことはいうまでもありません。

恋愛結婚に代表されるように、好きで結婚すると失敗しやすいのもこのためです。
好きは相手の良い部分、公的部分(外ずら)にひかれる要素が強いわけですから、私的部分がほとんどを占める家庭での関係が多くなると「こんなはずではなかった?」となるのは予測できますね?
もちろん見合い結婚(メリットをみやすい)や合コンでであっても、出会い方の違いで動機は変わらなければ同じでしょう。

人生の第一目標は「人格者」「家庭形成」

よく子供に「将来のなにになりたいの?」と聞く大人がおおいように見受けられます。
子どもの人生の第一目標を「仕事・就職(金儲け)」「○○選手(有名・栄光)」に誤誘導しています。
人生の第一目標は「人格者」であり「家庭形成」です。

「将来どういう人間になりたいの?」が正しい質問です。

決して社会進出が第一目標ではありません。
そのため、まず教育の第一歩は「許す」ことを覚えるべきです。
無条件に許し・許される関係こそが家庭形成の礎です。

子どもが謝罪したから許すのではない

当然社会では謝罪や弁済など条件付きでなければ許されません。
教育上、謝罪や感謝を教えることはあっても、謝罪しないから許さないのは家庭ではありません。
親の愛の前に怒りやさばきはありません。

子どもが謝罪したから許すのでは他人(利害関係者)です。
すでに許している親が子供の教育のために謝罪を教えることはあってもです。
したがって、叩くことはもちろん怒鳴る、声を荒げることなどありえません。
厳しくも穏やかにかつ丁寧に教えること以外にはありえないのです。

家庭とはまさに愛や慈しみを覚える場なのです。