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体のありようから自分を生かす道を探る

武道の神髄は自身の中にあり

人が生まれて一番初めに自律的に向き合う相手が自分自身です。そしてその心と身体の関係を追求していくことが稽古の原点となります。自分自身をいい加減に扱っていてはそこで成長が止まってしまいます。
他者を尊重し生かすことは大切ですが、その為には自分を尊重し自分自身を生かすことが最初の第一歩となります。

道場訓に「吾々は、自分を大切にし、自分を生かす道を選択します。」とありますが、これは自分自身と向き合い、身体や能力を欲のために「利用する道」ではなく、身体の有り様(よう)を見いだし「生かす道」を歩む決意です。みえる身体の有り様(よう)の中にこそ、みえない心を「生かす」ための答えがあると武術は考えます。

※「活かす」ではなく「生かす」としていますのは、「常用漢字表」で「活」の読みが「カツ」のみになったということもありますが、単に身体を活用するという意味よりも生命そのものを輝かせる意味を大切にしているため「生かす」としています。

動作イメージ

前号でイメージによる身体操作を書きました。動作をイメージ化して間接命令すると動作の質が向上するという内容でした。このことを「動作イメージ」といいますが、何故、質の高い動作に繋がるのでしょうか。
一つは、「動作イメージ」をもつことで実際の動作に対する身体の準備ができることがあげられ、いま一つは、「意識」がイメージ命令をすることで筋肉など身体の細かな操作は「脳」が無意識に行いますので動作が合理的でスムーズになることが理由となります。

実際に手で鳥の羽を演技してみましょう。
最初に意識的に両手を羽の用に動かしてください。次に目を閉じて実際には手を動かさず、イメージで手を白鳥の羽にしてそれを羽ばたかせてください。何回か繰り返してイメージが定着してから目を開けて、実際に手を羽ばたかせてください。先ほどよりもスムーズにより軽く羽ばたけたと思います。 このように「イメージ力」がそのまま動作の質になることがわかります。

身体の有り様(よう)から自分を生かす道を探る

ではどのようなイメージでも身体は質の高い動きをするのでしょうか。もちろん、イメージせずにいきなり動いた動作よりも質は高くなりますが、身体の有り様(よう)を無視して勝手なイメージを振りかざしても本来の身体操作からは遠くなります。この「身体の有り様(よう)を観察し、本質を見いださなければなりません。

空手には「正拳突き(パンチ)」があります。拳を握り締め相手にぶつけてダメージを与える動作です。稽古次第では相手と自分の拳の距離が数cm でも相手を吹き飛ばすことができます。この力を身につけるためには卓越した「イメージ力」と共に、長年の稽古の積み重ねが必要で簡単ではありません。
しかし一方では優しく触れたり、か弱い赤ん坊の頭を撫でることは稽古せずとも可能です。よくみると手にとっては優しく動作する方が得意なのです。

面白いことに、ダメージを与える機械を作ることは比較的容易ですが、優しく触れる機械を作ることは困難で、人間以上のものは未だに存在しない程です。

そんな難しい「優しく触れる」動作を人間の手はいとも簡単に行えるのです。「手の有り様(よう)」をよくみてみれば、人を殴ったり叩いたり突き飛ばしたりすることに人間の手は向いていません。もちろん人間の「顔の有り様(よう)」も殴られたり叩かれるたりすることではないことも明白です。

もし「優しさ」を基本とした「動作イメージ」をもって手を動かしたら、手はどんなすごいパフォーマンスを見せてくれるでしょうか。
子供達がこのように「身体の有り様(よう)」をみて感じ、どのようにすることが自分を生かすことに繋がるかを見いだしてほしいと願っています。

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