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道場訓の解説

諸葛亮孔明のことばから学ぶ

諸葛亮孔明(しょかつ りょう こうめい)
三国時代の蜀漢の政治家・軍師で劉備が三顧の礼をもって迎えた人物

優れた人は静かに身を修め徳を養う
無欲でなければ志は立たず
穏やかでなければ道は遠い
学問は静から才能は学から生まれる
学ぶことで才能は開花する
志がなければ学問の完成はない

夫君子之行,靜以修身,儉以養德
非澹泊無以明志,非寧靜無以致遠
夫學須靜也,才須學也。非學無以廣才,非志無以成學。
淫慢則不能勵精,險躁則不能治性
年與時馳,意與日去,遂成枯落,多不接世,悲守窮廬,將復何及


学ぶことで才能は開花する

人間は誰しも才能があります。
現資本主義社会において、金銭や有名になる能力ばかりを「才能」と称する向きがありますが、本来そればかりが才能ではありません。

戦国時代の剣術才能が江戸時代には通用しなくなっていきます。
現代でも遊びでしかなかったオンラインゲームがEスポーツとなり、賞金が億単位で稼げるようになると突然、ゲーム上手が才能に変わります。
そのような時代や場所で評価が変化する表面的な、たまたまその時空間にあっただけの能力の範囲で才能を語ってはいけません。

特に子供を教育する場合、金銭や有名になる能力ばかりを評価していると、そのような価値観の子供が育ちます。
具体的にいえば、テストの点数、運動の成績、大会の結果、周りの評判などです。
そのような能力ばかり持っていても、肝心の家庭形成や人間関係などはできません。

本質的に見れば、目が見えること自体が才能です。
視力は関係ありません。
誰よりも視力がいいという比較から才能が発揮されているわけではありません。

道場では毎日爪が伸びる才能に感動するように教えています。
「そんな爪が伸びるのは当たり前で才能ではない。」と思われますか?

人間は才能の塊

人間はすさまじい才能の塊です。
自分で独り決めして才能がないと思い込んでいることは悲劇です。
才能がないと思い込んでいる親や先生に育てられる子供はもっと悲劇です。
他者を上回らない限り認められないのですから。

才能は可能性ですから無限です。
才能が開花すれば実力です。
実力が結果を残せば実績です。

誰が何の実績をだすか誰にもわかりません。
にも関わらず結果を前提に育てることはどう思われますか?
教育はノウハウの伝授ではなく可能性を開くための環境作りです。

学問は静から才能は学から生まれる

学問は静からということは、野心から学んではいけないということでしょう。
点数を上げたい、偏差値の高い学校へいきたい、いい就職(高賃金、有名(金メダルなど))をしたいという目的でなしていることを「学び」とは呼ばないということです。
それでは肝心の徳を養えないからです。
得たスキル(力)を何のためにつかうのでしょうか?
ここの学びがなければ志は立ちません。

さらに才能を開花するためには無欲である必要があります。
この知識は何の役に立つとか、何に使えるとか、欲があれば学びになりません。
学ぶ前からあるベクトル(方向性)を自分できめてしまって学びを選択しているからです。
食べたこともない料理をメニューで選んでいるようなものです。
特にこういう方は得た知識が固定観念化しやすい傾向があります。
今までの過去の記憶(知識)で新しい学びを選び評価しているわけですから。

静かに身を修め徳を養う

学びは思いのままにあらゆることに手を出すことが健やかです。
これが何の役に立つのかという欲をすて、学びそのものに没頭しましょう。
そうすれば学びを嫌がる人はいません。
結果や方向性を決めてから学ぼうとするのでノルマ化し学問が勉強(仕方なく)になってしまうのです。

学びは無欲に、心静かにおこない才能を開花しましょう。
そして日々の生活の中で徳を養い志を立てましょう。